小村が、どうにもとまらない (抜粋)
山下裕二
〜『コムラマ』と『エポル』が、二〇〇九年六月二八日、クロネコヤマトのメール便で届いた。雨降りで、郵便受けからはみ出していたので、封筒はぐっしょり濡れている。慌ただしく封を切ったら、中味はなんとか濡れずに『コムラマ』と『エポル』が出てきた。その瞬間、小村が何をしたいのか、何をしているのか、すっかりわかった。というか、私は勝手にわかった気になった。ぐっしょり濡れた封筒の中から現れた本、という風情も嬉しかった。『コムラマ』は、文庫本の体裁。凝った造本で、表紙はパカッと開く。最初のビジュアルは「もやし小村一九八五年四月三〇日」と稚拙な鉛筆書きが添えられて、文字通りもやしの絵がある。これは小学生の頃に描いたものか。その後、小村の「若描き」が淡々と収録される。で、最後の十ページぐらいは、白い紙。ここには、おまえ、自分で描け、ということか。
『エポル』は、カストリ雑誌風の体裁。カストリ雑誌、わかりますか? このテキストは、日本語だけではなく、複数の外国語に翻訳されるだろうから、一応説明しておけば、第二次大戦後の何号かで終わってしまった雑誌の総称ですね。カストリとは、粗悪な焼酎。三合飲むと酔っぱらってつぶれるから、三号ぐらいで終わる雑誌がカストリ雑誌。あ・・・でも、しょう焼酎も説明しなければわからないか。
えーい、めんどくさい。日本語のニュアンスがわからない奴に、小村の絵なんか見てほしくないし、私の文章も読んでほしくないんだけど・・・ほんとは。でもともかく『エポル』は、絶妙な描き文字のタイトルにぐっときて、表紙の女の、鼻っ面や瞳や歯や唇や乳首や右足の付け根に施されたハイライトに、さらにぐっときて、こいつ、なんて絵心あるんだろう、とさらに小村を褒め殺ししたくなったのだった。もちろん、中味のエディトリアルも凄い。いちいち説明したくないが。 小村のことは、あまりにも好きで、この半年ぐらい半ば意図的に忘れようとしてきたが、この原稿を依頼されてそうもいかず、ネットで検索してみた。そうしたら、去年のギャラリーレビューみたいな情報もたくさんあって、あ、やっぱりわかる奴はわかるんだな、と思った。でも、まだ知らないよな、世間の大半は、とも思った。
二〇〇九年六月二九日 記